---  Crate Engine Project 15  ---

 2006.04.09 進化と伝説

これまで、数々の問題が発生した。
そのたびに、金沢代表は文献を調べ、海外に問い合わせた。
稲村工場長は胃が痛くなりながら、何通りもの解決策を模索した。
プロジェクトチームの誰もが悩み、頭を抱えた。
しかし、誰一人として諦める者はいなかった。
だから、この日を迎えることが出来たのだ。
目一杯のおめかしをして、光り輝くボディを見せつけながら、1969年生まれの彼女は待っていた。
金沢代表からは、ここまでのフェーズの完了項目と、慣らし運転後の調整予定項目の説明を、
そして、稲村工場長からは、始動の儀式に関する説明をいただいた。
メインスイッチをONにして、スターターボタンを押す。
巨大なZZ572が瞬時に目覚める。
DEKA製のバッテリーの効果もあり、たとえ温まった状態でもクランキングさせることが可能になった。
入念に設計・製作されたエグゾースト・システムのおかげで、先代の427エンジンよりも静かに感じるが、
周囲の空気を一瞬で緊張させる爆音と振動があることには、何の変わりもない。
2速発進で慎重にクラッチを繋げる。
巨大排気量エンジンにとっては、かつての2速ギアが1速ギアだ。
WESTによる試験走行により、既に600リットルのハイオク・ガソリンを燃焼させたマシンで
最初に向かう先は、やはりガス・ステーションだ。
飛躍的に改善されたドライビング・ポジションによって、メーター視認性を含めた多くの問題が解決している。
走り出すとZZ572のドライバビリティに驚かされる。
あらゆる回転域で発生する強大なトルクは、1969年製のボディをどのギアからも加速させる。
制限速度内でも扱いやすいエンジンではあるが、このエンジンはセダン用の物ではない。
慣らし中なので無茶は出来ないが、回転を上げると悪魔のようなパワーが炸裂する。
その悪魔を止めるブレーキは、日本製の鬼だ。
何度も試作を繰返して現在のシステムへ至っただけに、全く違和感なく、
そして非常に信頼できる強烈な効き味だ。
ローターを確認すると、まだ当たりは充分ではない。
つまり、本当の実力はさらに数段上ということになる。
30分ほどの走行後に最終のチェックを受け、名阪道から大阪へ向かう。
かつて様々なC3に乗ってはいるが、これほど速くこれほど楽なC3を体験したことは無い。
Big-Blockエンジンの場合、C3の狭いボンネットの中では熱との戦いが続く。
しかし、今回の入念な熱対策の効果で、冷却水・オイル共に驚くほどの低温を保っている。
また、走行条件による温度の変化も少ない。

高速路でのコーナリングでは、面白い現象を発見した。
これまで、基本的に弱アンダー・ステアを保っていたこの個体が、ほぼ完全にニュートラルステアに変化している。
これは、エグゾーストの取り回しの為、わずかにリアを持ち上げた事も影響しているが、
それ以上にアルミヘッドによる軽量化の効果が大きいようだ。
もちろん、大型のラジエターや水冷オイルクーラーなどの機能UPパーツによる重量増加は考えられるが、
それ以上にエンジン単体の軽量化が効いたようだ。
強力なエンジンブレーキを利用して、アクセルのON/OFFだけで方向を変えることも自在に出来るようになった。
どうやら今回のプロジェクトでは、マッスル・カーの加速と、軽量スポーツカーの楽しみを得たようだ。
今回セレクトしたポテンザRE050とのマッチングも良好だ。
ただ、いかにうまく調整された足回りであっても、全幅の信頼を寄せてコーナーに侵入するほど、僕はお調子者ではない。
さらに攻めると何が起こるかは、後日安全な場所できっちり確認を行なうことにする。
それが、C3との付き合い方だ。
そうでなければ、峰不二子を信用するルパンの運命が待っているだろう。

ギア比に関しては、大問題だ。
あまりにも強大になったパワーとトルクの前に、各ギア共に簡単に吹け切ってしまう。
操縦する者は、常に1段低いギアを使用している錯覚を感じる。
実際、この錯覚のせいでシフトミスを連発しそうになってしまった。
ファイナルを変更するのか、ミッションを変更するのかは次のステップの課題となった。
いずれどちらかが壊れるだろうから、どちらを交換するかの選択権は僕にはないのだと思う。
慣らし運転が終了した時点で細かい進角調整を行い、本来の実力を確認することになるが、
現在の状態でもC3というジャンルの走りではない事は間違いない。

20ヶ月をかけた、ビッグ・プロジェクトが終結した。
これからは、運用フェーズにおいてこの彼女を仕上げていくことになる。
もっと若くコルベットに憧れていた頃、WESTを訪れ宝石のようなC4を見た。
その後、縁のあった東京のSHOPでマニュアルミッションのC3を手に入れ、僕のアメ車遍歴がスタートした。
C3だけで言うと3台目となるこのマシンも、正直言ってWESTで購入したわけではない。
多くのSHOPの手によって改善が繰り返されたが、全て僕の納得できるレベルに達しなかった。
夢見ていたのはいつも、「宝石のようなコルベット」。
そう、求めていたのはWESTのコルベットだったのだ。
その為には、まず仕事だ。
WESTに依頼できるだけの仕事だ。
そんな中で、11年の時が流れた。
今回のプロジェクトの締めくくりとして、金沢代表からいただいた言葉。
「これは、WESTのSHOP CARです」
このマシンが、WESTにおけるC3の代表作の1台となったのだ。
紆余曲折を経て、僕はやっとWEST仕様と言えるマシンを手に入れることが出来た。
僕にとって、この車の完成は単なる「納車」ではなく、人生における一つの到達地点・節目であったと理解している。

DIYで作業するVette Mania達にとって、自分の手を汚さない僕を軽蔑する向きもあるだろう。
Luckyなヤツの道楽と思う人もいるだろう。
現実はそれとは程遠い。
自分で車を洗う楽しみも、自分で触る楽しみも、仕事の時間に割り振った。
僕はドライバーに徹することにしたのだ。
仕事や普段の足には、別の車を購入しなければならなかった。
この1台のマシンの為にどれほどの苦労があったかは、とても語りつくせるものではない。
ボンネットに「怨」という文字が浮き出てきたとしても、僕は驚くことはないだろう。


進化と伝説。
不良の系譜は、まだ終わらない。



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